25歳になりました。

タイトルの通り、誕生日が来たので25歳になりました。

これは何があっても覆らない紛れもない事実であり、不変の事象である。

ただ、ここに意味を持たせるならば、25年生きてこられたことに感謝したり、

楽しかった思い出や、辛く悔しい感情を振り返ったりと

さまざまに思いを巡らすことはできるのだけれど、

私にとって「年齢」は意味を持つものではなく、忌み嫌い憎むべき対象なのである。

何がそうさせたのかは自分でもよくわかってはいなくて、

あまり誕生日を特別な日として過ごしてこなかったからかもしれないけれど、

だからこそ次の言葉が大好きだ。

Age is just a number.

「年齢なんてただの数字だ。」

なんと頼もしい響きだろう。

誕生日が過ぎたからどうなるというのか。

1年前の自分と年齢の差によって何が変わるというのか。

きっと、何も変わりやしなくてただラベルづけをしているだけだろうと思う。

#4 MIKKECAST 「国籍ってダルいときない?

このPodcastを聞いていて、国籍や出身地の話をするのは結局のところ相手をラベリングするためのものだっていう見解がでてきて、ハッとした。

これは年齢にもいえて、〇〇歳だからどうとか、若いのにとか、がよくあると思う。

そうしたステレオタイプ的な考えは人の可能性を狭める。

時に、本心を無視し諦める理由にしてしまっているのを傍から見ているととても悔しいし、悲しくもある。

せめて自分だけは、年齢を言い訳にして決断をしないようにしようと心に決めている。

でもいまの社会ってそういうものばっかりで、

あらゆる意思決定において、先述の国籍もそうだし、性差においても

本体的ではない理由で諦めざるを得ない要員だったり、環境を作り出してしまっているのだ。

そんな、あらゆる「溝」を埋められるようなことをしたいなと漠然と考えている。

バリアフリーは物理的な障害を取り除く考え方だけれど、

目には見えなくて、世の中的に大したハードルでなくても、

当人にとっては、行動を起こすためにはものすごく勇気のいることがあって、

そんな境界線やギャップを埋めていくことを今後の目的の一つにしても良いかもしれないと最近考えている。

ボーダーレス、ジェンダーレス、をひっくるめた表現を考えてみた。

言葉遊びが好きなので、これは謂わば、sukimalessだなと何と無くとりあえず今は呼んでみる。

「隙間」をなくせるように、という意味を込めて。

まだ抽象的過ぎて、自分でも何を行っているのかわからないし、

具体的に何をするかなんてすぐには見つからないだろうけど

その「何か」が見つかった時にすぐに行動できるように、今現状できうることを

最速で、最大限の力で、全力で取り組んで、make moneyしていこうと思う。